My Profile  

     このページでは、私自身について少し紹介させていただきます。
     昭和40年代の初めにこの世に生を受け、山梨という地に育ち、年齢と共に衰えていく
     体力を省みることなく自然の中で遊ぶことをこよなく愛する、どこにでもいるごく普通の
     道楽おやじです。
     いつまでも子供の心を持ち続け、妻に叱られ、子供に呆れられながらも釣り、スキー、
     そして車道楽をやめられません。

   釣り馬鹿の出来上がりまで・・・

     物心ついたころには、父親に釣竿を持たされていた気がする・・・。
     近所の川で、鮒やハヤを釣っては喜んでいたが、小学生の頃には友人と一緒に電車
     に乗って笛吹川や釜無川へ。
     中学生になると、ルアーフィッシングに興味を持ち、あちこちの池や湖にと足を運んで
     いるうちにフライフィッシングと出逢う。
     当時興味を惹かれたのは、釣りそのものではなく、フライキャスティングという優雅な
     動きであった。
     それから毎日のように近所の空き地で足元に「フライキャスティング」という本を置いて
     フライロッドを振っていた。
     それから二人のT氏に出逢い、現在のフライキャスティングを覚える。
     あれから25年もたった今でも情熱を持ってこの釣りを続けられるのも、この釣りの奥の
     深さを物語っている気がする。
     また、父親の影響で海岸での投げ釣りにも興味があり、その延長線上で弓角を使った
     青物釣りにも手を出しています。
     最近では何を思ったかエギングにも足を踏み入れてしまい、またその時に目の前での
     青物のナブラにメタルジグを投げてしまったことでライトジギングにも手を出しています。

   スキー馬鹿の出来上がりまで・・・

     何を隠そう、20歳のときに「わたしをスキーに連れてって」という映画を見たのが始まり
     というミーハースキーヤーです。
     それまでも何回かはスキーというものをやったことはありましたが、あの映画の中での
     楽しげなスキーを見てしまい、道具を揃えていざ雪山へ!
     最初のうちは滑るだけで楽しかったのですが、根っからはまり癖のある私がスキーへと
     はまっていくのに時間は要りませんでした。
     よりきれいに、より速くと基礎スキーを学ぼうとしましたが、もともと単車乗りのためか?
     内倒と上体先行の悪癖が出てひとつの壁に当たってしまいました。
     そのうちには両膝の靭帯断裂という怪我をしてしまい、周りからも「もうやめたら?」との
     声が・・・。
     しかし、1990年代の終わりより出回ったカービングスキーが私のスキー人生をガラリと
     変えてくれたのです。
     今まで悪いとされていた上体先行も内足加重もこのスキーでは必須課題となりました。
     クラブ等に属さない私は1級止まりですが、今では近くのスキー場で本業が休みの日に
     限って指導にあたったりもしています。

    車馬鹿の出来上がりまで・・・

     1970年代に小学生をやった私に避けては通れなかったもの「スーパーカーブーム」
     そしてその当時は富士スピードウェイでF1が開催されていたという時代。
     あたりまえのように車というものに興味を抱いたのは私だけではなかったでしょう。
     しかし、そのときの気持ちを忘れ切れなかった私が歩んだ道は、高校時代の単車馬鹿
     から進学も自動車整備の専門学校へ。
     自動車整備士の資格取得のための勉強と、2輪4輪のスポーツ走行に時間を費やし、
     自動車整備の仕事から離れてしまった今でも、自分の車は自分の手ですき放題してる
     道楽おやじです。
     でも、もういい歳なんだからパトカー見るとドキッ!とする癖は治さなくては・・・。



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